大判例

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東京高等裁判所 昭和60年(う)1394号 判決

所論は,要するに,被告人が腰紐で被害者の頸部を絞める際に加えた力の程度は,本来,それだけで被害者を死亡させるほど強いものではなかつたが,右行為に先立ち,被害者が本件当日何者かによつて首を締められるなどのいじめを受けて頸部に傷害を負い,かなり体力的に弱つていたため,これが原因となつて不運にも死亡するに至つたものであるにもかかわらず,右の事情の存在を否定し,被告人の絞頸行為は,それ自体人を死亡させるに足りる十分危険なものである旨認定した原判決には,事実の誤認がある,というのである。

なるほど,被害者が本件当日午後2時30分頃通学先の小学校から帰宅した際,その様子はいつもと違つて元気がなく,被告人の質問に対して,学童からいじめられた趣旨と受けとれる答えをしたこと,当時被害者の前頸部の中央部分に長さ6~7センチメートル,幅1~2ミリメートルの,あたかも手首にゴム紐を巻いた際に生ずるような痕跡が生じていたことは,原判決の挙示する諸証拠によつて明らかなところであり,これによれば,本件当日被害者が何者かによつていじめられ,その際,その態様等を明らかにできる資料はないものの,頸部に紐様のものを巻きつけられるなどの暴行を加えられた可能性のあることを否定できない。しかしながら,これをもつて直ちに所論がいうように,被害者が被告人の行為に先行する右絞頸行為によつて遷延性窒息死するに至つたことを疑うべき余地があるということはできない。すなわち,およそ人が絞頸などの頸部圧迫により遷延性窒息死に至る場合には,絞頸行為によつて意識を喪失し,その後死亡に至るまでの間に一時意識を回復するという事態を生じないものであることは,原審第4回公判調書中の証人井出一三の供述部分によつて明らかなところ,このことは,当審において取り調べた鑑定人西丸興一の公判廷における供述に照らしても肯認できるところであり,いやしくも窒息者が一時蘇生し自力で道路を歩行するなどの行動をとり得るものとは到底考えられず,もしこのようなことがあつたとすれば,絞頸と死亡との間に窒息を唯一直接の原因とする因果関係を認めることはできない。本件においては,被害者が帰宅当時その前頸部に生じていた痕跡は,前記のように軽度のものであり,一時的にしろ意識不明を伴う窒息状態を招来したとは推認し難いばかりでなく,……中略……被害者は本件当日の午後2時30分頃,学校から原判示自宅までかなりの距離をランドセルを所持して自力で歩行して帰宅し,いつもよりは元気がない状態であつたとはいうものの,帰宅後も特段苦痛を訴えた事実もなく,被告人の質問や叱責に対応できていたことが認められるのである。したがつて,被告人が原判示絞頸行為に及ぶ以前の時点において,既に被害者が遷延性窒息死に至るべき状態にあつたものとは認められない。そして,原判決の挙示する諸証拠によれば,被告人は被害者の頸部に巻いた腰紐の両端を両手で持つて,同女がうめき声を発するまで強く締めつけたことを認めることができるのであつて,……中略……被告人が被害者に対して加えた右の絞頸行為は,それ自体のみによつても被害者の死亡の結果を招来するに十分なものといわなければならない。

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